Archive for 1月 2011

2010年9月 「足利学校」を訪問致しました!

平和統一聨合栃木県連合会は、去る9月15日に、
第3回「栃木の歴史を訪ねて」と題し、栃木県足利市にある「足利学校」へとむかった。
足利市は「東の小京都」とも呼ばれ、日本最古の学校といわれる史跡足利学校や足利氏ゆかりの鑁阿寺(ばんなじ)をはじめ、数多くの歴史遺産が残され、今も古き時代の面影が感じられる。

青木薫会長を中心とする役員会員13名は、森下喜一 元鳥取大学院教授と共に、今回だけ、特別に閲覧の許可が出た「刺繍鳳凰文胸背」を見せて頂くために、足利学校へ入った。

「日本最古の学校」「日本最古の総合大学」と言われる足利学校。

その創設については、諸説があるが、鎌倉時代の初期、足利氏2代目義兼(よしかね)が一族の学問所として興したとする説が有力とされている。

1549年にはフランシスコ・ザビエルが訪れ、足利学校を「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介され、1553年から1554年の頃には「学徒三千」と言われるほどになり、当時の日本を代表する学校として、易学や儒学を中心に実践にも役立つ学問を教えていた。

足利学校所蔵品の中で、朝鮮とのゆかりの品は「刺繍鳳凰文胸背」(ししゅうほうおうもんきょうはい)がある。

胸背は、中国や朝鮮で朝廷に仕える官僚が、階級をあらわすしるしとして官服につけた装飾用の方形の布である。

18世紀後半においては、文官が鶴・鳳凰、武官が獅子・虎で、双を成す方がより位の高い人物をあらわしたようである。

この品は、朝鮮通交修文職であった建仁寺の海山覚暹(かくせん)が、
明和7~9年(1770~7772)にかけての対馬での任務を終え、江戸金地院に報告に訪れたさい持参したものを、
当時の僧録司金地院蒼溟元汸より、親交のあった足利学校の、庠主・千渓元泉(しょうしゅ・せんけいげんせん)に
その由来書とともに贈られた。

李氏朝鮮時代の工芸品の技術を知る上でも貴重な品であるという。

参加者は、特別な品がここ足利学校にある事を知り、足利と朝鮮は学問上で、親密な関係であったと思わされる一日であった。

また参加者の中には、「孔子様は朝鮮人であった」という話も出たりして、

今迄、足利学校は、儒学・孔子様との関係だけの視野であったが、
今回、特別に見せて頂いた「刺繍鳳凰文胸背」を目の前にして、足利学校と朝鮮王国との関係を確認する事が出来た貴重な内容であった。

2010年7月 「日光東照宮」を訪問致しました!

平和統一聨合栃木県連合会は、去る7月21日に、
「第2回栃木の歴史を訪ねて」テーマ~日光東照宮と朝鮮通信使~と題し、日韓の足跡を訪ねる行事を行なった。
役員会員7名が栃木県日光市にある日光東照宮に向かった。

今から約200年前の朝鮮からの使節は、1607~1811年までに12回を数える。

その内、第4回(1636)、第5回(1643)、第6回(1655)の3回は、日光まで参詣している。
朝鮮王国からの通信使は、日光に素晴らしい宝を遺した。

その中でも、朝鮮鐘は、東照宮陽明門手前、向かって右側にある大鐘である。
参加者はこの大鐘にとても感動していた。
これは、1643年(第5回)の進物で、今では、東照宮に来る観光客に見せる為に、低く懸けられ鐘銘を読む事が出来る。
銘文は、東照宮大権現家康のために東照宮を立てた家光の孝行が強調されている。
また、家康公奥社宝塔の前には、朝鮮通信使が、銅鐘(朝鮮鐘)と共に奉納した香炉、燭台、花瓶の三品、三具足(みつぐそく)があった。これは、寛永20年(1643)に東照社(東照宮)に参詣した。

奥院の宝塔前に置かれているが、これは文化9年(1812)の火災で焼失し、その後日本で鋳造されたものが現在の品である。

このほか、朝鮮通信使が日光に遣わした物は多々あった。
それは、銅燈篭、李朝の敷物(大花筵)、国王孝宗書、楽器(ぎょ、しく、しつ)等である。

これらの朝鮮通信使からの贈り物は、まさしく「日韓の平和外交のシンボル」である。
参加者は当時の日韓外交の交流に感動をしていた。

その後、2007年12月に朝鮮通信使を記念するために建立された石碑へとむかった。
それは、日光市今市にある「朝鮮通信使今市客館跡碑」である。
これには、「信(よしみ)を、通(かよわす)善隣友好の使節・朝鮮通信使~日韓両国民の更なる相互理解と友情を深めるため」と刻まれていた。

参加者一同、「日韓友好の為、2010年をスタートの年にしよう!」と決意をあらたにした。

2010年5月 国宝 「那須国造碑」を訪問致しました!

平和統一聨合栃木県連合会では、去る5月12日(水)に、
「栃木の歴史を訪ねて」と題し、「第1回・国宝/那須国造碑(なすのくにのみやつこひ)を訪ねて」を開催した。
栃木県連合会の役員・会員ら参加者10名は、栃木県が渡来人(特に朝鮮半島)によって築かれた地域である事を知ることにより、地域から平和を築く事が出来ると考え、今回の行事を企画した。
当日は、晴天に恵まれ、なす風土記の丘資料館では、学芸員の眞保昌弘先生より詳しい説明を受ける事が出来た。
地元大田原市にお住まいの、元大田原市議会議長である井上辰巳先生も参加され、とても良い交流が出来た。
国宝の那須国造碑を拝観すると当時の技術もさることながら、新羅人の文化の高さを実感する内容であった。
その後、レストラン牧場で昼食を取りながら賑やかな歓談の一時であった。
最後に、小川館で、再度、眞保昌弘先生の案内を受けながら、那須地域がこれほど重要な地域であった事を深く知り、当時の新羅人、高句麗人に感謝するばかりであった。
最後に、眞保昌弘先生は「地元の小学6年生は必ず学習の一巻として資料館に来ます。そして、この地域は何もないと思っていた子供達が、この様な内容を知り、勉強やスポーツに頑張るようになります。子供達に文化の誇りを伝える事は大切ですね」と話していた。
参加者は、「今迄、こんなに重要な地域であった事や日本最古の石碑である事を知り勉強になりました」と感想を述べていた。
今から、1300年以上も前の、687年に14人の新羅人がこの地域に来たという。参加者一同は先人に対し感謝の思いを抱き、「今後もこの様な活動をしていきましょう」と意見を交わし合いながら散会した。(文責・野口)

こんにちは!

平和統一聯合栃木県連合会のサイトへようこそ。

今日の日本は平和であり、毎日の生活が大変だと言っても、最低限の食べる物も確保出来る。
お隣りの韓半島が、南北に分断されている事すら知らない日本人が多いのでは?・・と。
また、同じ民族が離散している事すら知らず・・その原因が何なのか?も知らないのではないでしょうか?

世界の平和を願う中、お隣りの韓半島の平和的統一が果たせずして、全世界の平和がありますでしょうか?

平和統一聯合は、
世界的平和指導者・文鮮明(ムンソンミョン)師の提唱により、在日同胞(民団と総連)が手を取り合って
堅い握手をして出発いたしました。

2004年7月4日、平和統一聯合が結成されました。
本部組織や、地方組織が次々と結成され、
出発は、在日同胞の方々を中心に、日本在住韓国人と日本人が協力して組織を結成致しました。

栃木県でも、2004年11月1日に、埼玉・山梨と同時に
埼玉県 浦和パインズホテルにて、1000名程の賛同者が集まり結成されていきました。

在日同胞・日本人・韓国人が協力して、日本から韓半島統一を訴えて参りましょう!